おむすび通貨は地域通貨の1つです。地域通貨は円やドルといった法定通貨では解決できない地域固有の問題を解決するために生まれたお金で、世界の各地で数多くの地域通貨が発行されています.世界中の地域通貨の多くに共通しているのは、
●使える地域が限定されている
●利子がつかなかったり、有効期限がある
●一般利用者は法定通貨と交換できない
●民間団体が自主的に発行している
ということです。
お金は,物やサービスの交換を仲立ちしたり(交換媒介機能)、働いた成果を保存したり(価値保存機能)するために欠かせない物です.もしもお金がなければ,生活に必要な物をそろえたり貯蓄することができず、とても原始的で不安定な生活を強いられることになります.
日本円はどこでも支払いに使えるのでどんな交換でも仲立ちできます。ところが、どこでも使えると、どんなに遠いところからでも物が買えるわけですから,地域の商店や職人や農家から物を買う必要はありません。その結果,地域の産業は衰退します。地域の産業が衰退すると,地域の仕事場所が減るので,人口流出がおこり、学校や病院や道路などの公共物を維持できなくなります。これが、使える範囲を地域に限定したお金が必要とされる理由です.
また日本円は銀行に預けるなどしていつまでも保存しておくことができます。一方、生活に必要な物は食べ物でも衣服でも木材でも,どんな物でも時間が経てば価値が下がって行きます。かたやいつまでも保存しておくことができるお金と,時間が経てば価値が下がってしまう物とを交換しようとすると,どうしても物の価値が相対的に低く見積もられます.そしてどれだけでも貯め込めるお金は、必要以上のお金への欲望を増長します.その結果,物を作る人が安売りせざるを得なくなったり、必要以上にお金を貯め込もうとする人が出て来ます.これが、使える期限が決まっていたり、利子がつかない地域通貨が必要とされる理由です.
1)地域内での人と人のつながりが広がり深まります。
2)地域内で支え合う関係ができます。
3)格差の拡大をおさえ、利払いのための労働を減らすことができます。
1)地域通貨は、コミュニティのメンバー同士でしか通用しないため、コミュニティのメンバー同士の縁を深めます。たとえば顔見知りでなかった人とでも、地域通貨を通じて顔なじみになれたりします。
2)お金の支払いと仕事の発生は表裏一体の関係にあります。普通のお金や、日本円に換金できる地域通貨は、コミュニティ外部での支払いに使えますので,競争力の無い地域のお金は地域の外に流出し,地域内の仕事は減っていきます。地域内の仕事が減るということは,地域が貧しくなるということです。地域通貨は、コミュニティの中での支払いに限って使われるため、地域内で仕事を生み出しながら地域経済を活性化します。
3)格差の根本的な原因は利子にあるといわれています。誰しも利子の恩恵を受けているように錯覚しがちですが,支払っている利子がもらっている利子よりも多い人が圧倒的な多数派です。自分は借金が無いと思っている人でも、ほとんどすべての価格に製造企業が借りたお金の利子が転嫁されていますから、実は非常に多くの利子を支払っています。そして利子は複利によって指数関数的に増加しますので、お金を借りる人とお金を貸す人の格差は必然的に広がります。シェークスピアのヴェニスの商人でも描かれているように,前近代の時代では利子は卑しく悪魔的なものだと考えられ、キリスト教やイスラム教で厳しく戒められていました.
利子がつかない地域通貨は、このような不条理を是正していくものです。
1)お米で貨幣価値が担保され、日本円に換金できません.
2)生命世界の成り立ちの中で使える範囲が決められています。
1)地域振興券やボランティア通貨を含めて,これまで日本で流通していた地域通貨の多くは,提携店になっていれば、あらかじめ決められた額の日本円に換金できることができました。ところがおむすび通貨は日本円に換金することができません.
日本円に換金できる地域通貨と、換金できない地域通貨の違いは,極論すれば,商店主の営利を目的としているか,コミュニティ活性化を目的としているかの違いといえます。商店主の営利が第一目的であれば,特定の商店街だけで使える地域通貨を発行して客を囲い込み、地域通貨を受け取った商店は地域通貨を日本円に換金してどこかの安売り店で買い物をすればいいわけです。地域コミュニティ活性化を目的とするなら,地域で生まれた価値が最後まで地域で循環して使われなければなりませんから日本円への換金は提携店であってもできない仕組みにする必要があります.
ところが、日本円に換金できない地域通貨は,その価値の裏付けが希薄になりがちです。提携店ネットワークでお金として使えるといっても、その提携店ネットワークから必ずしも欲しい物が手に入るとはいえません。その点,おむすび通貨は、日本人なら誰でも食べるお米を担保にしているため,価値の裏付けがしっかりしているのです。
そして、おむすび通貨は,地域の労働成果物であり自然の産物である米を担保にしているため,お金を通して他人の仕事や地域の自然の恵みを感じることができます。1万円や千円は1万や千というただの数字ですが,1むすびはおむすび1個分の仕事の成果であり自然の恵みなのです。自分が他人から得るお金や、自分が他人に手渡すお金に,他人の仕事や地域の自然の恵みを感じることができれば、お金によって希薄になってしまった人と人の気持ちのつながりや,人と身近な自然のきずなが少しずつ戻ってくるのではないでしょうか.
2)一般的な地域通貨は、商店街や市町村の区分で使える範囲が決められています。つまり、一般的な地域通貨は商業や行政の枠組みの中で使える範囲が決められています。これに対して、おむすび通貨は、自然環境を含む社会全体(生命世界)の成り立ちの中で使える範囲が決められています。おむすび通貨を使える地域の範囲を”流域”と言いますが,流域とは、同じ川や湾を上下水で利用している地域のことです。川の上流での産業や暮らしのあり方は下流や海辺の暮らしに大きな影響を与えます。例えば、水源域で林業が衰退すれば、森林が荒廃して下流域で洪水の危険が増しますし、中下流域で水需要が増してダムや河口堰が作られれば、砂や石や酸素の供給が減少することによって魚貝類の生息環境が破壊されて近海漁業が衰退します。同じ流域に住むすべての人と動植物は、運命共同体の一員なのですから、互いの立場を尊重して支えあっていかなければなりません。しかし、残念なことに”流域”の内部では、米作りと漁業、生活者と公害源事業者、農林業と商工業、人間と動植物というように、むしろ利害の対立が目立っています。おむすび通貨は、このような利害の対立を乗り越えて流域内のすべての生き物が支え合える関係をとりむすぶために”流域”で流通するようになっています。
地域に根付いて暮らす全ての人のために生まれました。
おむすび通貨は農業支援ツールとして紹介されることが多いのですが,農業支援は目的の一部に過ぎません。現在のお金の仕組みによってほとんどの人は不利益を被っています。例えば全国的に増加しているシャッター街や職人の跡継ぎ不足の現象は、グローバル化した資本に吸い寄せられるお金の性質が根本的な原因で、それを解決しないことには解決できない問題です。商店街や職人さんは地域固有の祭りや文化の担い手です。また農家は祭りや文化の担い手であると同時に、都市に食糧や安らぎや安全をもたらす森林や田園を手入れする担い手です。。。。。整備中